南相馬にて1
東京の電気を作り続けてた地域が苦しんでる。
10キロ県内でも0.3マイクロシーベルトの場所だってある。
しかし原発から31キロ離れた、
鹿島区ボランティアセンター近辺。
コンビニの雑誌コーナー、冷蔵庫、おべんとおにぎり、
菓子パンの棚は隙間だらけ。
郵便業務、宅急便は1週間前に復活したという有様。
南相馬合同庁舎、昨日午後5時、ボランティアは
帰りの高速代金を免除されるとの情報をゲット、
書類を持って立ち寄った。
廊下に並べられた椅子に座る、印籠を貰うための待ち時間。
目の前にはモニタリング室と書いてある、
ガラス戸が段ボールで目隠しされている部屋。
「午後5時、線量0.52マイクロシーベルトです。」
携帯電話に向かって、怒鳴り気味な口調でツバを
飛ばしながら出てきた職員が廊下の突き当たり
『災害対策本部』と書かれた扉に消えた。
東京が0.08くらいか。。6倍つーことですな。
たかが6倍、されど6倍つーことですな。。
命に関わる話しですからね。
でも、そこにも生命はあるわけです。
実はあまり深く考えず、足りないとこへ行くべし!
と、思いたって行動した今回のボランティア。
東京に住む20歳以上健康な成人が2日ずつ
外でする作業を交代するとしたら、
住んでる人の、ちょっぴりシーベルトを
いや、随分シーベルトを軽減出来るみたいな
そんな事だと思うんです。
実際そんな単純な話しでもないのでしょうけど・・
私たち東京人の思い出の中には、
いつでも煌煌とした灯りがあります。
それを作りつづけてくれた土地、人、空。。
相馬市に入ったのは27日午後8時。
相馬に1泊して、翌朝南相馬に入べくホテル探し。
当初、キャンプを張る予定だったんですが
センターに問い合わせたところ、
放射能の影響で禁止しているとの事。
しかーし、市内に4つの宿泊施設はどこも満杯。
フロントで話を聞くと、
1.南相馬にある火力発電所復旧の工事の方
2.仮設住宅設置の工事の方
3.医療関係の方
で1~2ヶ月先までいっぱいらしい。
凄く大切な作業に従事している方々ばかりです。
もう1つ得た情報として、南相馬の先、
前日計画的避難区域になった原町という街にある
「たかみ」というホテルがやっているはず....とのこと。
一縷の望みをかけて6号線を南下。
相馬から南相馬へはこの国道6号線を下るわけです、
そのまま進むともちろん福島第一原発にぶち当たります。
20分近く走る真っ暗闇の一本道、殆ど車も走っていない、
すれ違うのはパトカーくらい。
さすがに、恐怖しました。とてつもなく大きな闇。
すると突然、左の視界に大きな船の船首が飛び込む。
ほのかな灯りで暗闇に浮かび上がるそれに目を疑う。
あたりを見渡すと瓦礫の山、山、山。
もうそれ以上先には進めなかった、怖くてね。
あとから知ったんだけど6号線上で酷いのはその地域だけで
そこを越えるとまた普通の道になる。
なんせ、最初の日だからね、所謂1つのビビったわけです。
どこかしら空いてると高を括ったオレのミステイク。ま、
薄々予想はしていたけれど、これで車中泊という選択肢しか
ナッシングなわけで、、
その前に腹ごしらえ、相馬駅周辺まで戻りました。
予想以上にお店開いてます。殆ど問題なし!
酢豚定食を食し、寝る場所場所探し。
ふぅ~、ちょっと疲れたので続きはあとで。
10キロ県内でも0.3マイクロシーベルトの場所だってある。
しかし原発から31キロ離れた、
鹿島区ボランティアセンター近辺。
コンビニの雑誌コーナー、冷蔵庫、おべんとおにぎり、
菓子パンの棚は隙間だらけ。
郵便業務、宅急便は1週間前に復活したという有様。
南相馬合同庁舎、昨日午後5時、ボランティアは
帰りの高速代金を免除されるとの情報をゲット、
書類を持って立ち寄った。
廊下に並べられた椅子に座る、印籠を貰うための待ち時間。
目の前にはモニタリング室と書いてある、
ガラス戸が段ボールで目隠しされている部屋。
「午後5時、線量0.52マイクロシーベルトです。」
携帯電話に向かって、怒鳴り気味な口調でツバを
飛ばしながら出てきた職員が廊下の突き当たり
『災害対策本部』と書かれた扉に消えた。
東京が0.08くらいか。。6倍つーことですな。
たかが6倍、されど6倍つーことですな。。
命に関わる話しですからね。
でも、そこにも生命はあるわけです。
実はあまり深く考えず、足りないとこへ行くべし!
と、思いたって行動した今回のボランティア。
東京に住む20歳以上健康な成人が2日ずつ
外でする作業を交代するとしたら、
住んでる人の、ちょっぴりシーベルトを
いや、随分シーベルトを軽減出来るみたいな
そんな事だと思うんです。
実際そんな単純な話しでもないのでしょうけど・・
私たち東京人の思い出の中には、
いつでも煌煌とした灯りがあります。
それを作りつづけてくれた土地、人、空。。
相馬市に入ったのは27日午後8時。
相馬に1泊して、翌朝南相馬に入べくホテル探し。
当初、キャンプを張る予定だったんですが
センターに問い合わせたところ、
放射能の影響で禁止しているとの事。
しかーし、市内に4つの宿泊施設はどこも満杯。
フロントで話を聞くと、
1.南相馬にある火力発電所復旧の工事の方
2.仮設住宅設置の工事の方
3.医療関係の方
で1~2ヶ月先までいっぱいらしい。
凄く大切な作業に従事している方々ばかりです。
もう1つ得た情報として、南相馬の先、
前日計画的避難区域になった原町という街にある
「たかみ」というホテルがやっているはず....とのこと。
一縷の望みをかけて6号線を南下。
相馬から南相馬へはこの国道6号線を下るわけです、
そのまま進むともちろん福島第一原発にぶち当たります。
20分近く走る真っ暗闇の一本道、殆ど車も走っていない、
すれ違うのはパトカーくらい。
さすがに、恐怖しました。とてつもなく大きな闇。
すると突然、左の視界に大きな船の船首が飛び込む。
ほのかな灯りで暗闇に浮かび上がるそれに目を疑う。
あたりを見渡すと瓦礫の山、山、山。
もうそれ以上先には進めなかった、怖くてね。
あとから知ったんだけど6号線上で酷いのはその地域だけで
そこを越えるとまた普通の道になる。
なんせ、最初の日だからね、所謂1つのビビったわけです。
どこかしら空いてると高を括ったオレのミステイク。ま、
薄々予想はしていたけれど、これで車中泊という選択肢しか
ナッシングなわけで、、
その前に腹ごしらえ、相馬駅周辺まで戻りました。
予想以上にお店開いてます。殆ど問題なし!
酢豚定食を食し、寝る場所場所探し。
ふぅ~、ちょっと疲れたので続きはあとで。
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