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あの日のスタートライン

新潟から帰ってきた日の夜、喉の違和感があったんだけど、その日やらなければいけない歌入れを強硬突破。案の定、昨日は鼻の奥から喉にかけてのイガイガ発生。あまり気にしないようにしてたんだけど、見る見るうちに体中の関節がギシギシいい始める。怠さと戦いながら確定申告をすまし、恐る恐る熱を測ってみると36.8。微熱。やれやれだ。

今日は年老いた両親と3人で黙祷。日本中の人があの日を思い出した1分間。あの震災で何かが変わったか?と聞かれたら、、今じゃ震災前とほとんど変わらない生活をしている僕たちは、どう答えたらいいのだろうか。いや、あの時は確かに変わった、確かに。今年よりずっと寒かった3年前のこの季節、誰もが率先して節電に取り組み、重ね着と毛布にくるまって寒さをやり過ごした。あの時出来た事も四季の移ろいと共に輪郭を失い、気が付けば何も感じずに消費する生活に戻ってしまっている。有限なエネルギー、東京タワーからの夜景、あの時あんなに感じた東京の罪悪感、自然と薄らいで行く、、少なくとも僕は。。いや、僕だけではないはず。。いいと思った事は事は続ける。悪いと思った事はやめる。そんな簡単な事も出来ず、僕らは楽ちんで都合のいい方へと放っておけばどんどん流れて行ってしまうんだね。変わったようで実はなんにも変わってない。相変わらず街の喧騒に追い立てられるように猛スピードで時間が消えて行く毎日。言い訳を探すには都合がいい都会の雑踏で見て見ぬふりに慣れてしまった僕たち。1分間の黙祷で僕は懺悔する。

ああ、もう1度あの日のスタートラインに立って生きて行かなければならない。もう一度あの日を思い出して、でないと、あの震災がもたらした多くの犠牲が無駄になってしまう。
具体的に何か行動を起こせというわけではない、ただただ、あの日を思いながら生きる、あの日大切だと思った人、あの日大切だと思った事、あの日の無力だった自分、一人一人の胸にほんの少しだけあの日を思い描く毎日。それが生かされた者の務めだと思う。
あの日、何時間も連絡が取れず気をもんだ二人はとなりで黙祷をしている。親父の神妙な顔は5分も続かず、追悼式典を見ながら「天ちゃん来てるなぁ〜。」とか言って、蒸かしたさつまいもをクチャクチャ食い始めた。居眠りが始まりそうなお袋。

そんな今日を心から感謝したい。
2014年3月11日。
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ヒルマ弘

Author:ヒルマ弘
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ギターボーカル
今年中には外岩デビュー!
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